学校法人九州文化学園

創業ストーリー

本学園の創設者である安部芳雄が終戦後(1945年8月)に廃墟と化した佐世保の復興は「女子教育の充実しかない」との強い信念により学校設立を思い立ったことが始まりです。

当時、人も人脈も資金も全てが不足している中で、自らが求める学校を模索していく苦労もありましたが、それをたゆまぬチャレンジ精神で乗り切り、同年12月に天神山山腹にあった元海軍工廠工員宿舎を仮校舎として「九州文化学院」を創設いたしました。

昭和23(1948)年に拠点を仮校舎から矢岳町へ移転したのち、高等学校(昭和26(1951)年)、幼稚園(昭和29(1954)年)、短期大学(昭和41(1966)年)、調理師専門学校(昭和46(1971)年)、歯科衛生士学院(昭和56(1981)年)を設置いたしました。

昭和60(1985)年に短期大学が椎木町へ移転した後に、平成12(2000)年に本学園を母体とし、長崎県と佐世保市及び地元経済界の支援による「公私協力方式」によって長崎国際大学をハウステンボス町に設置いたしました。

しかし、平成18(2006)年3月に西九州道路の延伸計画のため、矢岳町に設置していた幼稚園、高等学校、専門学校が新キャンパスへとその場所を移しました。

また、平成31(2019)年に花園町に小・中学校を開設いたしました。

現在では幼稚園から大学までの教育機関を有している総合学園として、日々人材の育成と輩出を行っています。

社名への想い

学校法人 九州文化学園

昭和20(1945)年に「九州文化学院」を創立し、昭和22(1947)年に「財団法人九州文化学園」を設置、昭和26年(1951)年に「学校法人九州文化学園」へ組織変更をし、現在に至ります。

本学園校章のトレードマークは白蝶です。

考案者は絵の岩永文六先生であり、ギリシャ神話のプシケの話が由来(プシケはギリシャ語で「蝶」と「心」の意味を持つ)とのことであり、幼虫からサナギを経て、美しい羽を持つ蝶へと生まれ変わり、野に羽ばたくという蝶の一生になぞらえ、艱難と不幸の洗礼を受け愛の力によって、はじめて真の喜びと幸福を享受できる人間の心の象徴として考案されたとのことです。

経営理念・スローガン

建学の精神
高い知性と豊かな教養
優れた徳性と品格
たくましい意思と健康な身体
の備わった人材の育成

どんなことに貢献しているの?

昭和20(1945)年の創設以来、佐世保市の教育の一翼を担うべく、時代のニーズに即した学校教育を行っています。

市内に幼稚園から大学までの教育機関を有している総合学園として、建学の精神に基づき、地域貢献につながる「専門的スキル」やグローバル社会となった現代で生き抜くために必要な「国際感覚」を身につけた人材の育成及び輩出を行い、佐世保市の発展にこれからも貢献してまいります。

佐世保の魅力は?

安心して楽しめる都市

佐世保市は九十九島をはじめとした豊かな自然や旧海軍の軍港として栄えた歴史、佐世保バーガーやハウステンボスといった国際色が豊かな文化が織りなす、魅力あふれる都市です。

また、地震や津波、洪水、大雪といった自然災害も比較的少ないため、生活面においても比較的安全に生活することが出来ます。

以上のことを踏まえ、佐世保市は地元の方から観光で訪れる方々が安心して楽しめる都市だと思います。

会社概要

企業名学校法人九州文化学園
業種教育
創立昭和20(1945)年
住所佐世保市ハウステンボス町4-3
電話番号0956-27-0666
FAX0956-27-0678
HPhttps://kyubun.ed.jp/

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