創業ストーリー 昭和39年頃、佐世保繊維卸協会は、佐世保商工会議所で「春・夏の共同売り出し」などを行っていました。そこに佐世保市の商工課より「青果市場を移転させるので、跡地に連棟式で卸団地を造らないか」と打診がありました。この話を辻佐世保市長や中村弘海代議士が知るところとなり、折角ならもっと大規模にしないかと広がりました。青果市場跡地を断念した後は、土地探しで苦労の連続でした。福石の刑務所跡地、今の大塔イオン付近、「ドンキホーテ」の向かい側の線路を超えた裏新田という場所、地主と交渉しましたがいずれも成約し ...